体・性の悩み

29歳から34歳まで抱えた不妊コンプレックスの話(その1)

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結婚、避妊の生活を計画的に進めていた

私が結婚したのは28歳。

大学卒業後、地方の出版社で働いていて仕事にやりがいを感じていましたが、月の半分は夜中、もしくは応接室のソファで仮眠して朝方に帰る生活が6年も続いていて…。
「仕事は楽しいけど、この生活には限界がある」と感じていたので、結婚を機に未練ゼロで退職。

「1年間は子どもは作らず、新婚ライフを楽しもう!」と夫と決めていたので、しばらくは避妊をしていました。

でも、できれば二人、3歳か4歳くらい離してほしいと考えていた私たち。
もしかしたらすぐに出来ないかもしれないし、贅沢を言えば30歳までに一人は欲しい。
結婚から半年経った頃には、「コウノトリさん、いつでもWelcomeよ!」ということで流れに任せるナチュラルな妊活をスタートさせたのでした。

妊娠せずヤキモキする時期

妊婦と子ども
私はいわゆる下半身デブ…。

思春期の頃から「超安産型だね!」と言われ続けてきた私は、自分はきっと赤ちゃんをボッコボコ産める身体なんだ!という根拠のない自信があり、不妊で悩むことになるなんて夢にも思っていなかったのです。

二人目、三人目と、すんなり子宝に恵まれる友達。

彼女たちから懐妊の報告を告げられるたびに、自分が女としてポンコツに思えて…。

毎月きっちりと生理が来てしまう子宮を叩きつぶしたくなる衝動にかられました。

また、だんだんと諦めかけている夫との気持ちのズレを感じて、夫婦として一緒の未来を歩んでいく自信がなくなったり…。

親友との関係性にも影響

365日ヒールだった大学時代からの親友。

ランチに誘われて会うと、彼女の足下はまっさらなスニーカーでした。

あっ!妊娠したんだ…とすぐに分かった私。

気づかないふりをしていると、帰り際に「実は…これ。もう必要無いからあげる!」と未使用の妊娠検査薬と排卵検査薬を渡されました。
この日を境に、私は彼女と会うのを辞めました(今も年賀状だけのやりとりだけ)。

あんなにずっと仲良しだったのに。

何でも話せて、子宮内膜症になった時期まで一緒で、妊活頑張ろうとお互い励まし合ってたのに…。

不妊コンプレックスは、親友との仲を簡単に壊してしまうほど、根が深いものでした。
(心に余裕がなかったのは確か。でも、配慮ナシの喜びダダ漏れ状態を目の当たりにするのがキツかった)

出口の見えない悩みを抱えていた私が転機を迎える34歳まで、本当にいろいろありました。
今回は、そんな私の不妊コンプレックスの経験をありのままに綴っていきたいと思います。

29歳。いつもの婦人科で、子宮内膜症が発覚!

私は小学生の頃から、ひどい生理痛に悩まされていました
(原因は特になく、子宮が成長するにつれて治っていくだろうと言われていたけどずっと治らなかった)
就職してからは、職場近くのクリニックへ定期的に痛み止めをもらいに行っていました。

「変わりない?痛み止め無くなった?」と先生。

いつもなら私も「はい」と答えて問診が終わるのですが、
「先生、早めに赤ちゃんがほしいんですが私の子宮の状態って大丈夫ですかね?」
と勇気を出して聞いてみることにしました。

台の上に乗ってエコーで内診してもらうと…
なんと!子宮内膜症だということが発覚したのです。
元々生理痛が重いので全く自覚症状がなく…ただただビックリ。

妊娠しない理由が判明

子宮内膜症が不妊の原因になる可能性もあるらしく、大きな病院での手術を勧められ、紹介状を持たされました。

そして、翌週には総合病院へ。

家族は「かわいそうに…」と労ってくれましたが、その時の私の気持ちは晴れやかでした。

「な~んだ、だから自然に任せてもなかなかできなかったんだ!

その頃、脱・避妊から約1年ほど経っていたのに、妊娠の兆しがないのが少しずつ不安になっていて。
子宮内膜症という原因が分かってホッとしたのでした。

まずはタイミング法!妊娠すれば病気も治って一石二鳥♪

基礎体温計
子宮内膜症の手術で子宮が綺麗になれば、「即妊娠!」くらいに気楽に考えていました。
でも、実際に手術をしたのはそれから半年後。

手術に至る前に運良く妊娠できれば、必然的に生理が止まるので、子宮内膜症が自然治癒する可能性があるらしく、いわゆる不妊治療の第一歩。
タイミング法を行っていくことになったのです。

毎朝同じ時間に体温計を口にくわえて、基礎体温をせっせと記入。

グッと体温が下がった日が排卵日と言われているので、その日を見計らって夫婦生活をするように先生に言われました。

ゆっくり寝たい朝も一度起きて体温を測らないといけないのですが、気持ちが前向きだったのでそこまで苦痛にはなりませんでした。

その姿を横で毎日見ていた夫も、
「これで赤ちゃんが出来れば、嫁に痛い思いをさせなくていいんだ!」と毎月排卵日の夜は頑張ってくれていました。

それから半年…。

タイミング法でも妊娠に至らず、いよいよ手術が決定。

「やっと子宮が綺麗になる!」
「赤ちゃんができる身体になる!」と思うと嬉しくて嬉しくて。

お腹に3カ所の傷が残るというのに、全くへっちゃらでした。

そんなこんなで手術は無事に成功!

ついでに卵管の通り具合も調べてもらうことができ、全く問題ナシというお墨付きまでらえました♪

今思えば、妊活をポジティブに考えられていたのはこの頃がピーク。
ここからは、「私は不妊症」という現実を嫌というほど思い知ることになるのでした…。(つづく)

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