20歳を過ぎて初めて知ったお酒は“スクリュードライバー”。
大学の時の友人が、私に作ってくれたオレンジジュースのカクテルでした。
今思えば、こんな甘いジュースのようなお酒を数杯飲んではほんのり顔を赤らめていたあの頃の私は、まだ知らなかったのです。
その後の私が、酒によってどんな変貌を遂げていくのかを……。
目次
大人の階段をのぼると共に、酒の度数が増えていく
大学時代はお金も無くて、みんなでお酒を飲むとなればもっぱら家飲みが主流でした。
私の住んでいたアパートはたまたま畑の真ん中にポツンとある古い建物で、家賃は激安なのに無駄に広いという飲み会にはうってつけの物件。
気付けばいつもみんながそれぞれお酒を持ち寄って、楽しく宴会する日々を過ごしていました。
とはいえ、20歳を迎えたばかりの私たちが飲むお酒と言えば、カクテルやチューハイなどの甘いジュースのようなもの。
ビールなんて苦くてどこが美味しいのかさっぱり理解できないくらいの、ただちょっと大人になった気分を楽しむ程度のまだまだカワイイものでした。
その後大学を卒業し、私は実家に戻って地元の会社に就職しました。
実家ではゆっくり家飲みもできないし、働き始めて多少のお金も手に入るようになったことで、私は地元の友達と外に飲みに出掛けるようになりました。
そこで私は、家飲みでは味わえない“外でお酒を飲むことの楽しさ”を知ってしまうことになるのです。
“1週間に8日飲む”そんな日々は続く
行きつけの居酒屋では飲み仲間がどんどん増え、その飲み仲間の行きつけのスナックやバーに連れていかれればそこで新たな飲み仲間が増え、また盛り上がって次の店に飲みに行けばまた飲み仲間ができる。
そうやって知り合った賑やかな仲間たちとみんなで楽しく酒を飲み騒ぎまくる楽しい日々の中で、私はあの苦くてたまらなかったビールを浴びるように飲み、それにも飽きたら麦焼酎、麦に飽きたら芋焼酎、日本酒にシャンパンにワインにウイスキー、気付けばテキーラを一気飲みしてトイレでぶっ倒れる、というような事が日常となっていきました。
私はいつの間にか、いつもどこかで酒を飲んでいる酔っ払い女として、小さな町とはいえどちょっとした有名人になっていました。
そもそも、そんな風に呼ばれる理由となった原因の1つが、ある夜のこんなエピソードからでした。
飲んだくれオヤジも逃げ出す最強の“酔っ払い女”
ある日の夕方、よく行くバーのマスターの友人たちと一緒に飲みに行く約束を交わした私は、仕事を早々に切り上げて飲み屋街に繰り出しました。
待ち合わせの場所に行くと、そこには5人ほどのマスターの友人たちが既にお酒を酌み交わしていたのですが、1人だけちょっと様子のおかしい男性がいました。
周りに聞いてみたところ、その男性はちょうどその日がお休みだったこともあり、みんなより少し早くからお酒を飲み始めていたとのことで、すでにやや酔っぱらっていたようでした。
実は、その男性も私と同じくお酒が大好きなことで有名人。
飲み屋を何軒もハシゴして深夜になっても、「次行こう!次行こう!」と言って、なかなか帰らせてくれないという話を私も友達から聞いたことがありました。
「今日は長い飲み会になるぞ!」とマスターは苦笑いしながらも、私たちはみんなで楽しくお酒を飲みはじめました。
酔いが回るほどに私はいつもの如くどんどん楽しくなって、店を転々と移動しながらビールや焼酎をガブ飲みし続けていると、「明日も仕事があるから」「眠くなった」といつの間にか1人2人と人数が少なくなっていきました。
そしてついにマスターさえも「飲み過ぎたからもう帰る」と言い出し、それでも私とその男性は「まだまだ!次行くぞ!」と肩を組み、また次のお店へと向かいました。
そんなことを繰り返していた時です。
私がトイレから戻ってくると、あの男性がいないのです。
スナックのカウンターを見回すも、やはり誰もいません。
するとスナックのママは私にこう言いました。
「あの男を家に帰らせるなんて、アンタ本物だよ!」
その日から、私はこの小さな町で“本物の酔っ払い”だと認められることになりました。
こんな最強の酔っ払い女を更生させたもの、それは……
しかし、実はそんな私にも付き合っている彼氏がいたのです。
ただ、運がいいのか悪いのか彼は全くお酒が飲めない人で、デートはもっぱらドライブに映画、食事をするのもカフェもしくはレストランという健全な場所でした。
2人で一緒に飲み屋へ行くことはほとんどなかったため、彼は私の酒による醜態を見たことが無かったのです。
その後、彼からのプロポーズを受けた私はめでたく結婚。
でも、正直不安でした。
私は、自分がアル中かもしれないと疑っていたので、もし子どもができた時にキッパリお酒を断つことができるのだろうかと……。
けれど、こんな私にもちゃんと理性があったのです。
妊娠が判った時点から授乳が終わるまでの2年間は1滴もお酒を口にしたいと思うことはありませんでした。
私の人生を変えてくれた夫と子どもに感謝!
今思えば、私の酒グセの悪さを知らない夫が結婚してくれていなければ、そして子どもを授かることがなかったら、私の人生は酒によって崩壊していたかもしれません。
毎夜毎夜、飲み屋街をうろつきまわって朝まで酒を浴びている40過ぎの独身女の私を想像すると、本当に、本当にゾッとします。
“本物の酔っ払い女”と呼ばれた私に気付かないほど鈍感な夫ですから日常では何かとその鈍さに不満を感じることもありますが、そのお陰で私は今、こうしてそこそこ全うに生きていられるのかもしれないと思うと、もう感謝しかありません。
by waruyoi
記事公開日 2017/07/24
最終更新日 2017/07/24